きもちわるい赤ちゃん

人生の節目節目で忘れたくない気持ちをメモ

六月

 雨の日が好きだった。彼女はいつも傘を忘れて、僕の傘に入ってきた。
 ずっと僕に片想いの相談を持ち掛けて、何度も涙を流した彼女。僕は彼女の泣き顔が好きだった。
 彼女が僕のものになってからも、彼女はよく涙を流した。部活のミーティングで一人熱くなって昂りながら涙を流した彼女。僕は彼女の泣き顔が好きだった。
 遠くへ行かないでと彼女は言った。どうすることも出来なかった。僕は彼女を幸せにすることが出来なかった。
 彼女と別れた後、何度か寂しそうな声の彼女から電話が掛かってきたが数ヶ月するとそれすらもなくなった。インスタグラムのストーリーにたまに出て来る彼女は元気そうだった。

 一目見ただけで彼女だとわかった。彼女は「久しぶり!元気してた?」と明るく話しかけてきた。もう別れてから四年の月日が経つ。いくらかの世間話の後、お互いの現在の恋愛の話になり、彼女はこう言った。「今の彼氏は、丁度身を寄せたら私のおでこ辺りに耳がくるの。」
 aikoが好きな彼女だった。付き合っていた頃、彼女に送ったLINEを思い出した。「今テレビ見てて思った。aikoの歌詞に少し背の高いあなたの耳によせたおでこってあるけど楓子のおでこって僕の首ぐらいだなって。」
 彼女は今、他の男を想像しながらaikoを聴いている。彼女は僕のLINEを覚えていたのだろうか。
 
「今の彼は私が可愛い?って聞かなくても可愛いって言ってくれるの」
 若くてシャイだった僕は恥ずかしくて可愛いって自分から伝えたりなんかしなかった。本当はきっと誰よりも思っていたし本当はは伝えたかった。今はアイプチで二重にしている目だけれど彼女が重たい一重で悩んでいる時からずっと彼女は可愛かった。茶髪にしなくても、前髪薄くしなくても、厚底なんか履かなくても、ありのままの彼女が好きだった。
 
 はっきり言って僕はこれ以上もう彼女に踏み込むことはないと思った。彼女が僕を思い出す時はきっと、ただの思い出で、彼女は今を歩いているのだ。
 「最近は泣いてるの?」泣き虫だった彼女に最後にこう聞いた。「残念ながら泣いてない。映画ですら泣けない。」そして「今の彼氏は私の笑顔が一番好きって言ってくれるんだ」そう言ってにっこり笑った。
 この夏は例年より降水量が少なかった。